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【長野】江戸時代から伝わる百草について

地元の長野情報

長野県には江戸時代から伝わる生薬が今でも使われています。
その名は「百草丸」です。黒くて小さい粒の薬で、和漢薬なのでちょっとにおいが気になる人もいるかも知れません。
その百草丸について書こうと思います。

江戸時代、修験者によって伝えられた生薬

御嶽山は標高3000メートル。日本で14番目に高い山です。富士山や白山などと同様に、古くから山岳信仰の霊峰として親しまれてきました。

容易に人を寄せ付けない険しい山で、最初はわずかな修験者が登る山でした。折しも、江戸時代の巡礼ブームが起こり、御嶽山の新しい登山ルートを開拓した修験者がいました。覚明行者と普寛行者です。それぞれに違うルートで開山したのですが、それにも数年かかったそうです。

その開山を地元の人が手助けしたお礼として、普覚行者の孫弟子が伝授したのが最初といわれています。

木曽地方はもともと山深く、薬草の宝庫でもありました。その中のキハダ(ミカン科)の内皮を乾燥させたものをオオバクといい、それをじっくり煮詰めて板状にしたのが「百草」です。

昔は包む紙などありません。しかも、山に生育している木からとる薬です。煎じてできあがった水飴状の薬は笹の葉に小判型に広げられ、持ち運びされたようです。

万能薬として重宝された

この百草は、実は縄文時代の遺跡からもその原料となったキハダが発見されているそうで、日本最古の生薬とされているようです。

キハダの内皮は本当にオレンジ色に近い色をしています。これを乾かして煎じれば薬になると発見した昔の人の生活の知恵は凄いです。これを民間伝承薬として受け継がれてきました。

当時の人は風邪や下痢、腹痛、皮膚や目の病気などにも効くとして、愛用されていたそうです。また、木曽御嶽には御嶽信仰の信者さんが大勢登拝されるので、そのお土産としても人気だったようです。こうして百草は全国に広まったとされています。

百草とは色々薬草が使われている、また百もの病気に効くとされたようで、百草といわれたそうです。

今でも当時を思わせる百草はあります。色はほぼ黒で小さな板チョコのような形をしています。これにほかの薬草を加えて粒状にして飲みやすくしたのが百草丸です。

ご存じの方もいるかも知れませんね。長野県では多くのお宅で使われているのではないでしょうか。飲みやすくしたとはいっても、直径2ミリほどで、それを何粒も飲まなければなりません。小さな子供には匂いも独特なので、決して飲みやすいお薬とは言えませんが・・・。

でも、腹痛や下痢となると百草丸を飲めば症状は和らぎ、楽になります。胸やけや消化不良のときにもよさそうです。
実は我家でも常備薬としていつも薬箱の中に入っています。一人暮らしを始めた子供も「送って」と催促の電話がきます。
地元木曽地域の方は、飲み会の前や飲み過ぎた後に飲んだりするそうです。飲み会の前に飲むと悪酔いしないそうですよ。

百草丸にはオオバク、センブリ、コウボク、ゲンノショウコ、ビャクジュなどが丁度いい具合に配合されているそうです。化学薬品とは違い、自然の生薬ですから体にじんわり優しい効果が期待できそうです。

今では化粧品などにも利用

百草丸は今現在、木曽地域にある2軒の製薬会社で製造されています。日々研究をされているようで、生薬の技術を活かして、化粧水やクリームなどのほか、ハンドクリーム、入浴剤、目薬などの商品が開発されています。

私は百草丸しか使った経験はありませんが、自然の薬草を使っているので安心感はありますよね。

この先、長野県は寒さが厳しくなります。入浴剤で体の芯から温まるのも良さそうです。

使ってみた感想はまた、別途紹介したいと思います。

百草丸は近所のドラッグストアでも見ることができますが、皆さんのお住まいの近くではどうでしょう。
興味のある方は百草丸で検索してもらえるといいかと思います。

 

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